1932年10月30日、フランス、ノール県生まれ。父は大実業家であり、カトリックの家庭で厳しい教育を受け、戦争の混乱期に少年時代を送る。14歳の頃から映画に傾倒し、51年、IDHEC(フランス国立映画学校)に入学。2年間学んだ後、56年、ジャック=イヴ・クストー監督の「沈黙の世界」の撮影に共同監督として参加。助監督などを経て「死刑台のエレベーター」(57)で監督デビュー。映画は大ヒットを記録し、この作品でヌーベルヴァーグの代表的な監督としての名声を得る。翌年に手掛けた「恋人たち」(58)でも大成功をおさめ、以後「私生活」(61)、「鬼火」(63)等、好調に作品を撮り続ける。77年以降10年間に亘りアメリカに在住し、「プリティー・ベビー」(78)をはじめとする5作品を監督した後、87年フランスに戻り、自身の少年時代の体験に基づいた作品「さよなら子供たち」を監督。本作はセザール賞の7部門を受賞。95年、死去。
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上記以外の主な作品
1960 「地下鉄のザジ」
1966 「パリの大泥棒」
1967 「世にも奇妙な物語」
1969 「カルカッタ」
1971 「好奇心」
1974 「ルシアンの青春」
1975 「ブラック・ムーン」
1980 「アトランティック・シティ」
1985 「アラモベイ」
1986 「しあわせを求めて」
1989 「五月のミル」
1992 「ダメージ」
1994 「42丁目のワーニャ」
…第2回映画祭にて日本初上映













